2015年09月30日
変なことが
「なぜ、そんなことで病気が……」
「ご主人が酔っぱらって、お稲荷さんの鳥居に小便をしようとしたら、やりたいようにさせておくかね」
「とんでもない。やめさせますわ」
「それと同じだよ。自然や人間界を支配する原理とは、そんなふうに、どこでつながっているか、きわめて微妙なものなのだ。神を疑ったり、不吉なことを口にしては困るよ。この長屋の和を乱す。出ていってもらうことになるよ」
「いいえ、そんな。あたしだって、ばちが当るのはいやですわ」
「それだったら、どこかの神社にお百度まいりをするとか、厄はらいをしてもらうとか、誠意を示しておくほうがいい。一家のためだけでなく、みなのためでもあるんだ」
「といいますと……」
「たとえばだな、まだまだ幼児の死亡が多い。おとといも、むこうの横町の子が死んだ。幼児を埋葬する時、人形をいっしょに入れてやればいいんだが、それをしないと、死んだ子の魂が遊び相手をほしがり、よその子をあの世へさそう。こういうことをちゃんとしない人がいるか
ら、不幸がたえないんだ。考えれば考えるほど、気の毒でならない。困ったことだ」
「ほんとにそうですわね。それから、あの、もうひとつうかがってもいいでしょうか」
「なんだね」
「大家さんは生活にゆとりがある。なぜなんでしょう」
「毎日を気楽にすごしているわけではないよ。節約が大事、まあ暮しはなんとかなっている。それに、まじないのおかげだろう。一生、金銭に不自由しないというやつだ。うちでは、代々それをやっている」
「ぜひ、お教え下さい、それを」
「六月の十六日に、永楽銭十六枚で食べ物を買い、よその十六歳の子供に、それとなくおごってやる。それだけのことだ」
「そんな方法があったんですか。じゃあ、さっそく、うちの人に……」
女は急に目を輝かせた。
「そうしなさい。しかし、信心をつづけなければ、ききめはあらわれないよ。また、ひまがあるのだったら、なにか内職でもしなさい。ぼんやりしていては、神さまのほうも助けようがない」
「わかりましたわ」
「わかってくれればいいんだよ」
吉兵衛はその家を出る。百日ぜきの治療法を疑ったりし、危険な考えの持ち主かと一時はひやりとさせられたが、これからは、この女も心がけがよくなるだろう。それは亭主にも影響する。そうなれば事件をおこすこともない。すべてにいいことだ。
長屋の住人の職業は、そのほか、牛車ひき、紙くず買い、行商、職人など。店をかまえないでやれる職業の者ばかり。
子供たちは、そのへんや通りで遊んでいる。女房たちは井戸端に集って、洗濯をしながらなにやら雑談にふけっている。しかし、きょうはいつもとちがい、笑い声がなく、どこかようすがおかしい。発生したのでなければいいが。吉兵衛はそばへ行ってあいさつをする
。
「みなさん、こんにちは」
「あら、大家さん……」
Posted by 至上勵合 at 18:08│Comments(0)
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