2016年01月13日

えた時の特徴


「えらいねえ。何も金曜の定時後にしなくてもいいと思うけどなあ。残業手当がつくわけでもないのにさ」
「まあ、ちょっと気が向いたから」昭夫はマゥスを操作してパソコンを終了させた。「それよりどう、これから。久しぶりに『お多福』あたりで」酒を飲むしぐさをした。
「悪い。今日はだめなんだ。女房の親戚が来るとかで、早く帰ってこいっていわれててさ」山本は顔の前で手刀を切った。
「なんだ、残念だな」
「また今度誘ってくれよ。だけどおたくも早く帰ったほうがいいんじゃないの。ここんところずっと、定時後も残ってるみたいだけどさ」
「いや、いつもってわけじゃないけど」昭夫は作り笑いをした。人間というのは他人のことを見ていないようで見ているものだと思った。
「ま、無理しないほうがいいぞ」
 お先に、といって山本は離れていった。
 昭夫は壁の時計を見上げた。六時を過ぎたところだった。
 何気ないふうを装い、彼は室内を見渡した。営業部のフロアには十人あまりが残っている。そのうち昭夫が統括している直納二課の課員は二人だ。一人は入社二年目の若手で、昭夫は彼と一対一で話すのを苦手にしていた。もう一人は昭夫よりも三歳下で、課内では最も話の合う存在だったが、アルコールは一滴も受け付けないという下戸だった。つまりどちらも飲み屋に誘える相手ではなかった。
 昭夫はこっそりとため息をついた。仕方がない、今日は真っ直ぐ帰るか。
 その時、携帯電話が鳴りだした。画面を見ると自宅からだった。瞬時に不吉な予感が胸中に広がるのを覚えていた。なんだろう、こんな時間に──。
「もしもし」
「ああ、あなた」妻の八重子《や え こ 》の声がした。
「どうした」
「それが、あの、ちょっといろいろあって、早く帰ってきてほしいんだけど」
 妻の声には余裕がなかった。早口になっているのは、うろただ。予感が当たったようだと思い、憂鬱《ゆううつ》になった。
「なんだ。今、手が離せないんだけどな」予防線を張った。
「何とかならない? 大変なんだけど」
「大変って……」



Posted by 至上勵合 at 13:09│Comments(0)
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