2016年02月24日

が縁が深そ


「吉田は?」と寺山が訊くと「まだ居るんじゃない」とさらりと答えた。女主人が「今日は担仔麺がサービス。一腕10円」とメニューを手にやってきた。
健二がメニューを引き受けクスリの後遺症でクネクネしながら女主人を笑わせ、じゃあそれと海老チリとピリ辛なんとかとこれとこれとと適当に注文し、
「吉田は馬鹿だから、帰ってくるんじゃない。おめおめと。なっ、」と女の腰に手を回し言った。
店の中央一段高くなったセンターキッチンでは長いコック帽を頭に乗せた女調理人が湯気と戦いながら、まるで奇妙な木偶人形が機械仕掛けで動いているように同じ動作を繰り返し、担仔麺の腕を煉瓦の台の上に大量生産していた。その腕を黒いTシャツのウエイターが次々とさらっていく。寺山は女にビールを勧め、「どうして健二と?」と訊いた。
「街で転がっていたのを拾ったのさ」と健二が代わりに応えた。女は健二にしなだれかかり、楽しげにその顔を見上げた。
「吉田の癖は知ってるからさ、ちょっとまねしたら、こんなんなっちゃった」と健二は女の頭をなで回した。「あきれたやつだな」と寺山が苦笑すると、
健二は「大丈夫。預かっているだけさ。あいつは解るよ」と笑った。

その帰り、住宅街の小さな駐車場の片隅で女が吐いた。妊娠しているという。どうするんだと訊くと自分で育てると苦しげな息の下から言った。

 アイランドのマスター、陳が倉庫にやって来たの10月に入ってからだ。熱帯低気圧がその年何度目かのが台風に代わり篠突く雨の中、ヘッドライトの光がぎらつく向こうから傘をさして現れ、トラックヤードで作業をしていた寺山を見つけ手をあげた。屋根の下に入り傘を畳み、作業場から下りた寺山に「麗蓮が死んだ」と告げた。「え?」「あなたは友達みたいだからな、知らせておくよ。京明と一緒に首を吊った。」
それだけ言うと陳は雨を払うように勢い良く傘を開きゲートの方に歩き去った。
 寺山は作業をアルバイトに指示し公衆電話から健二の携帯に電話をした。電話に出た健二はそれまでに何度か麗蓮を伴って飲んだこともあったために絶句したが、今はそれどころじゃないと言う。赤ん坊が生まれそうだ。おまえも来てくれと泣きそうな声で言った。寺山は陳のくれた大久保の中国系キリスト教会の住所を書いたメモをポケットに押し込み、検品の山岸のところに行き、課長が出てきたら早退したと伝えてくれと言い残し駅に向かった。
 そこは今時こんな産院がと思うような路地裏の年期の入った建物で、どうせ健二の知り合いのつてで捜してきた産院であるから、待合いに張り出してある妊産婦の心得を書いたポスターも数年前のもの、小豆色の長椅子の表にはガムテープの補修、およそ生命の誕生を賀するに似合わず、露の命の方うである。看護婦も五十を越えたのが一人いるっきりだ。だが健二はこの看護婦をいたく気に入っている。女の出産はまるで手作り出産で、4,5ヶ月を越えた辺りから身の回りの品々の相談から、食事のこと、旦那の心得等、健二は神の言葉のように神妙にこの看護婦の言葉を受け入れ、産院が休みの日など不安でたまらず、自宅の電話番号まで聞き出したくらいだ。吉田にも逐一連絡を入れていると言うが「あいつは馬鹿だから」と、吉田が意に介さないのを健二もまた意に介さない。ただ母子手帳を作る為に吉田の認知はいただいたと健二は言った。



Posted by 至上勵合 at 17:23│Comments(0)
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